「君を呼んだのは他でもない」


勤務中に呼び出されたので依頼かと思って雲雀の執務室に来てみたが、どうやらそうではないらしい。
ソファーにこじんまりと座り込む私に対して、雲雀は高圧的に見下ろすように立っていた。
心なしか機嫌が良さそうなのが、何よりの救いだ。


「少し僕に付き合ってくれるかい?試したいことがあるんだ」
「はあ…?」


疑念の声を同意と捉えたらしい。雲雀は腰を屈め、顔を近付けた。
不意に男の指によって、唇がぐにゃりと形を変えた。あの時みたいに真っ直ぐな瞳が私を見ていた。


「君に触れるとよくわからない感情が沸き起こる。これは何なのかな」


力強く押されたと思ったら、壊れ物のように優しく撫でられる。
指の動きを嫌でも意識してしまい、そのもどかしい感覚に頬が一気に熱くなった。


「その反応だと何か知ってるね」
「ぅえっ!?」


そんなこと乙女に言わせるのか…!?
思わず変な声が出てしまった。至って真面目に問うのが、またなんとも…。


「ええと…可能性としてはですね……い、異性に触れてドキドキしてる?とか…?」
「……」
「相手を好ましく思っているとか!…ほ、ほら!小さい動物って触りたくなりませんか?」


唇に手を添えたまま微動だにせず私の返答を聞いていた雲雀が、僅かに瞳を見開く。
動物の例えにピンときたらしい。ふうんと呟き、考える素振りをする。


「そうだね、でもこの感情になるのは君だけだ」


えええ…と内心で叫んでしまった。まだこの尋問が続くのか。

「ひっ」と声が漏れる。雲雀の手が太ももを撫ぜたのだ。
つ、と伝っていき、スカート丈ギリギリまでを何度か往復する。


「ななな、雲雀さんっ!?」
「言っただろう。試したいことがある」


知らないことを知りたい。この男の行動原理は、興味関心だ。
手元に落としていた視線を上げ、私の反応を伺うようにじっと見つめられる。
対して私は、爆発しそうな心臓をなんとか保ち、ぞくぞくする感覚に耐えるので精一杯だった。


「君の反応を見てると楽しいよ」
「う…サドですか」


口元を隠すように覆っていた手を退けられてしまう。
そのまま指を絡めとられ、男の大きな手に覆われた。
男の長い指が、骨ばった手が、女の肉感を楽しむように力んだ。


「うん…やはり君に触れると気分が良くなるよ」
「…はあ」
「君は好ましく思ってる相手に、触れたくなるのかい?」


自分の言葉がそっくりそのまま返ってきて、言葉に詰まる。
律儀に答えたのに、なぜ私の方が羞恥心に駆られているのだろう。


「そう…だと思います」
「それはなぜ?」
「なぜって……」


好奇に細められた瞳で、全てを察した。
雲雀は、この言葉を待っていたのだ。


「す、好き…だから」


男は確信を得た。満足そうに顔が離れていく。
わからない。つまり雲雀さんは、私を好きだと言っているようなものなのに、なぜ私が満身創痍になっているのか。


「それと」


まだ終わらないの!?ぎょっと見上げた瞬間、視界いっぱいに雲雀の顔があって、一瞬 呼吸が止まった。
鼻先が触れそうなほどの距離で、熱を持った吐息が交じる。

反射的にぎゅっと目を瞑り、その時を待った。が、いっこうに何も起こらない。
そろりと目を開ければ、互いの距離は目を閉じた時のまま変わらず。
ゆっくり顔を離すと、考え込むように眉を寄せる雲雀が見えた。


「やっぱり止めた」


すっと背筋を伸ばし、何事をなかったかのように部屋から出ていった。
残された私はぽかんと口を開け、閉じられたドアをただ見つめることしかできなかった。



「どうした、顔が死んでるぜ」
「山本ぉぉ……私、臭うかなぁ?」
「は?」
「鼻毛あったのかなぁぁ…」
「??鼻毛?」

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