期待と不安を胸に、新入生が新しい校舎へと足を踏み入れて行く。
その光景を横目で見て、少年は彼らとは反対の方向へと歩き出した。
進むべき道を外れた人気のない裏庭の一角で、彼女と出会う。

満開の桜を見上げ、愛しむように微笑むその表情に、目を奪われたのを覚えている。
見られていることに気付いた彼女は、雲雀に顔を向け、照れ臭そうに笑った。





───これが恋だと言うのなら







お、いたいた。錆びついた扉を開け、軽快な足取りで彼女が歩いてくる。
授業に出る気など更々なく、日々を屋上で過ごしていることを知った彼女は、
昼休みになるとこうして訪れるようになった。


「わー、雲雀くん寒くない?ブレザー着なよ」
「あんなの着たくない」


ワイシャツ姿の雲雀を見るなり、彼女が苦笑する。何を言ったって雲雀が考えを曲げないことは、
もう熟知しているようだ。ふわふわと風に揺れる指定のスカートとリボンは、彼女には似合っていた。


「君も暇だね」
「ちがっ…と、友達がまだいないだけ…てか雲雀くん、また上級生と喧嘩したんだって?」


雲雀と同じように柵に背を預け、彼女がぽつりと呟く。
喧嘩じゃない、邪魔だったから退かしただけだ。答えるのも面倒になり、何も言わず黙っていた。


「たむろってる先輩が減るのは嬉しいけど…雲雀くんはそれでいいの?」

穢れを知らない瞳が雲雀を映す。隣の彼女をちらりと見て、すぐに視線を外した。


「もう後には戻れないんだよ?恐くない?辛くない?」
「別に」


乱れたものを正しただけだ。それに…
まだ感覚が残っている右手を握ってみる。


「良い気晴らしになる」
「…そっか」


失望か哀れみか。風になびく髪を手で押さえ、彼女は俯きながら笑った。






雲雀恭弥。とんだ化け物が入学してきた。
噂は広まり、彼の名は瞬く間に知れ渡った。



雲雀はいつものごとく、屋上から校舎を見下ろしていた。
複数の女子生徒と親しげに話しながら下校している彼女を見つけ、無意識の内に目で追う。
時折、殴られた頬がじんわりと痛み、口内に広がる鉄の味に顔をしかめた。

群がる不良を返り討ちにし、入学早々 並盛の秩序に降り立った、4月の下旬。
彼女はもう、屋上には来なくなっていた。


「くそっ、雲雀恭…」


痛む腹部を押さえながらまだ立っている男の胸ぐらを掴み、そこの辺に放り投げる。
裏庭には、同じようにして制裁を下した上級生が、山のように倒れていた。
地面に落ちている吸殻を山に向けて蹴っていた時、遠くで息を呑む音がして顔を上げる。


「やあ、


トンファーをしまいながら笑むと、裏庭に面する渡り廊下に立っていた彼女は、
あからさまに目を泳がし動揺した。そして、くるりと向きを変えると、その場から立ち去ったのだ。
何、その反応。


「気に入らないな」



生徒で溢れる昼休みの廊下。
逃げるように早足で歩くと、それを追いかける雲雀に人々が青ざめた顔で道を空ける。
彼女との距離は簡単に縮まり、荒くその腕を掴んだ。


「ひゃっ、な、なんですか」
「君こそなんなの」
「別にどうもしません」
「なら、その喋り方は何」


あんなに馴れ馴れしかったのに、なんだその謙遜は。
屋上に来なくなったというより、意図的に避けていたというのか。
言い淀むを引っ張りながら、周囲の野次から離れるため歩みを進める。


「その脚は、誰にやられたの」


処罰を与えた奴らが、恨みの矛先を彼女に向けたのではないか。
それが原因で、彼女は僕を避け出したのではないか。
再会時、1番に目に入ってきた、彼女の右足首に巻かれた包帯から、あれこれ推測をする。


「…体育で足を捻っただけです」


雲雀の返事がないのを疑っていると捉えたのか、彼女は沈んだ声音で「本当ですよ」と呟いた。
屋上まで連れてきたを柵に放り、距離を詰める。


「で、どういうつもり?」

後退するも、それを阻む柵がの体重を受け、ガシャリと鳴る。


「僕が嫌いなの?」
「ち、違うの、雲雀くん!」


なぜか彼女は驚いたように顔を上げ、若干 慌てたように瞳を揺らした。
予想していなかった反応に、一瞬 動きが止まる。


「雲雀くんが好きなの!好きだから、どうしたらいいか…わからなくて…」


二次被害を恐れたのではなく、失望したのではなく…ああ、そうだったのか。

ぞくりと、高揚感に似たものが込み上げてきて、それが彼女によるものだと知り、まじまじと見る。
思わず口走ってしまったことが恥ずかしかったのか、雲雀の視線に耐えきれなかったのか、
は言葉にならない声を発し、両手で顔を覆ってしまった。


「何をしているの。こっちを見なよ」
「やっ、恥ずかし…」


手首を掴み、無理矢理 引き剥がせば、頬を赤く染めた涙目の彼女と目が合う。
僕に臆することなく接していた君は、どこにいったのか。
まあ、今の恥じらう彼女もぞくぞくさせられるけど。


「君のしたいようにすればいい。ねえ、どうしたい?」


を正面から見据え、挑発的に目を細める。
彼女はというと、羞恥に口元を震わせながら、でも何か言いたそうな瞳で雲雀を見上げていた。


「雲雀くんともっとお話したい。一緒にいたい。触れてみたい…でも、嫌じゃない?迷惑じゃ」


未だに理解していない彼女の口を塞ぐ。突然のことに、びくりと肩を震わせた。
それもそのはず。彼女の気持ちは聞いたが、雲雀は一度も言葉にしていないのだから。


「これが僕の答えだとしたら?」


伝わったのか、口元を手で覆い、目を見開いたまま呆然とする。おもしろいね、顔真っ赤だよ。
会いたいという欲求が満たされれば、今度は触れたいと思う。それは僕も同じ。
おかしい。他人に興味などなかったというのに。

小さく腕を広げれば、遠慮がちに彼女が雲雀の背へ腕を廻す。
「雲雀くん、雲雀くん」と嬉しそうに名を呼ぶ声を聞きながら、初めて会った時のことを思い出していた。


最初から、僕はあの笑顔に惚れていたのだ。


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