「お、!」
あたかも偶然会ったかのように、山本が片手を上げて笑む。
実はが教室を出たのを見て、走って追いかけてきたのだが、そうとは知る由もなく、
僅かに息を切らしながらスポーツバックを肩にかけ直している彼を見て、は目を丸くした。
「あれ、部活はどうしたの?」
「雨降ってるからオフになった」
「へ〜、珍しいね」
筋トレとかしないの?他の部活に先越されちまって。ああ、場所も限られてるしね。
上履きを下駄箱にしまいながら他愛無い会話を交わす。
普段、こうして山本と帰る時間が被ることなんてまずない。なんか不思議な気分。
山本が靴を履き替えるのを待っている間、はぼんやりとそんなことを考えていた。
わりぃ。大して悪く思ってない笑みの山本が来ると、どちらからともなく歩き出した。
「朝はいい天気だったのにね。…って、山本?」
手に持っていた折りたたみ傘を差して昇降口を出たところで、隣に気配がないことに気づき、
後ろを振り返る。山本は苦笑いしながら昇降口の所に立っていた。
「あのさ…俺、傘忘れちまってさ。入れてくんね?」
………はい?
ザーザーと降りしきる雨の中、罰が悪そうに後ろ頭を掻く山本を凝視したまま、思考が止まりかける。
「まあ、いいよ」
動揺を見せまいと無表情を装いつつ、傘を持つ手を少し持ち上げてみせる。
山本はぱあと顔を輝かせた後、嬉しそうに腰を屈めて中に入ってきた。
「ははっ、小っせえなー」
「山本がでかいんでしょー」
中腰の姿勢でニヤニヤしているので、傘の持ち手で頭を小突いてやった。
すると不意に手が伸びて、傘を持つの手を覆うように触れてきたので、ぴくりと反応する。
「俺が持つぜ。…いや、取って逃げたりしねーから、そんな目で見んなって」
怪訝な顔をしているに、山本ががくりと肩を落とす。
それがなんか可笑しくて、くすくす笑いながらは持ち手から手を放した。
「今日ニュースで午後から雨って言ってたのに」
「朝練あったし見てねーわ」
「まったくもー」
触れ合った所がじんわりと温かい。それに呼応するかのように心臓が高鳴る。
…愛相傘ってこと、わかってるのかなあ。
近すぎて、並んで横を歩く彼の顔すらまともに見れない。自然と目線は周囲へ向く。
やっぱ見られてるよ。女子2人。同学年だったら嫌だな…
「ひゃっ」
冷たい雨に当たり我に返る。よそ見してたからか、傘から出てしまったようだ。
唯でさえ小さい折りたたみ傘に、長身の男子と普通の女子を雨から守るなんて無理な話だ。
近すぎず、遠すぎない距離のまま歩くの、難しすぎるよ!
「おお、大丈夫か?」
大丈夫かって…原因はあなたなんですけど?
心配そうに首を傾げる彼を、恨めしく見上げてやっと気づく。
「ちょっと、山本濡れてるじゃん!ちゃんと入って!」
急いで傘を持つ彼の腕を押し、傘が中央にくるようにした。
今までが全く濡れていなかったのは、山本が傘の外に肩を出して歩いていたから。
「いやあ…これの傘だし」
「風邪ひいたらどうするの!」
またの方へ傘を傾ける山本の腕を掴み、少し距離を取って歩いていた彼を傘の中へ引き込む。
突然のことに、山本は驚いた表情をしていた。
…って、なに自分からくっついてるんだ!?慌てて手を放し、視線を正面に戻す。
「変な顔」思わずついた悪態に彼は口を閉じると、僅かに目を細めて呟いた。
「優しいのな」
「…別に」
無意識の内に少し離れようと左へ寄る。雨を受け、左肩が変色し冷たさを伝える。
それを見かねた山本は傘を持ち替え、前触れもなくの手を握ったのだ。
「な、なに」
「濡れないように、近くにいた方がいいと思って」
歩きづらいせいか、いや他の理由のせいなのだけれど、お互い距離を取ろうとして雨に濡れていた。
でも、手を繋げば距離感が掴めて「歩きやすいだろ?」
重なる手に、じんわりと熱が帯びてゆくのを感じながら、は小さく頷いた。
しかし、すぐに体を強張らせ俯く。恐らく彼女の異変は、手から彼にも伝わっているだろう。
「でも、だめだよ、こんなの」
「なんで」
「…こういうのはさ、好きな人とするもんだよ。彼女さん怒っちゃうよ?」
山本が誰にも言わずに隠していない限り、彼に彼女なんていない。
こうでも茶化さないと、こんなセリフ、真面目に言えるか。
彼の手から逃げようと力を込めた瞬間、逃がさないとでも言うかのように、
さらに強い力で握り締められた。
「俺、のこと好きだ」
その一言で、一瞬にして雨の音が消えた。今、告白された、のか?
静かに、でも確かめるようにはっきりと、山本がぽつりと呟く。
「むちゃくちゃ、好きだ」
山本がどんな顔をしているのか見ることもできずに、ただただ足を動かして歩く。
前から思っていた。自分の気持ちを伝えられたら、どんなに楽だろう。
喉まで出かかっている言葉を、ずっとずっと胸に秘めてきた言葉を今、外に出すんだ。
「私も山本のこと、好きだよ」
何度も何度も自分の中で反芻してきた言葉。言ってしまえばこっちのもん。
隣の彼を見上げ、表情を窺う。まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったのか、
彼はぽかんと口を開けたまま、突っ立っていた。
「変な顔」
にやりと笑い、繋がれた手を引く。
いきなり手が軽くなったと思ったら、後ろから飛びつくように抱き締められた。
「〜〜!」
「わっ、ちょ、濡れる!」
傘の下は2人だけのセカイ。