逃げられたリーダー格の男を追い、2人は使われていない倉庫前に来ていた。
あと一歩のところだったらしく、中々に悪かった雲雀の機嫌が直っていて、は1人安堵していた。


「ところで、どうやって乗り込むつもりですか?」


昨日今日で十分に下調べがついてない上、車内でも恒例になりつつある、申し訳程度の打ち合わせもなかった。


「何言ってるの、正面からに決まってるでしょ」
「いやいやいや!また逃げられますよ!?」


さも当たり前だと言うかのように、雲雀は涼しい顔で歩き出した。
ああ。は深い溜め息をつきながらその後を追う。
彼は手当たり次第咬み殺したくてしょうがないのだ。





大切だから、あなたを───







こんな無茶苦茶なことができるのは彼ぐらいだろう。
こうなるとは雲雀の邪魔にならないよう、身を隠しながらついていき、おこぼれを処理する役になるしかない。
しかし、今までそんな事態に陥ったことはなく、きっちりと敵をねじ伏せてしまうのだった。


「次いくよ」


一通り大暴れした雲雀が辺りを見回す。気配が感じないのを確認すると、に呼びかけた。

彼と物理的な距離が縮まる程に、離れていく感覚は前からあった。
私が戦線に出ることを良く思ってないのだろう。それが優しさなのか、目障りなのか定かではないが。
彼は意図して1人で闘っているのではないか、と勘ぐってしまう。


「っ!」


次の柱に移動し、影に身を隠した瞬間、何者かに後ろから目と口を塞がれた。
雲雀さんですら気付かなかったのだ。一体、どこから?
肘を背後の男に食らわして前方へ跳躍、同時に体の向きを変えながらホルダーから引き抜いた銃を男に向けた。

パンッ


「あっ…」


焦っていたのか、いつもの癖で動きを封じるための発砲をしてしまったことに気付く。
脚に撃ち込まれた男は、その場に崩れ落ちた。
が恐々通路の先に目を向けると、やはり雲雀がこちらを見ていた。


「す、すみませ…」


再び男に銃を向けるも、かたかたと震え出す指先。
昨日、約束したではないか。動かない指を睨み付ける。


「言ったことと違うな」


こちらに歩いてきた雲雀はを自分の方に向かせ、後頭部を掴んで唇を押し付けた。
嫌がるを気にもせず、角度を変えては執拗にキスを続ける。
震える腕を持ち上げ、手にしていた銃を構えた。雲雀の挑発的な目が視界の隅に入る。

鼓膜を揺らす発砲音の後に、雲雀の背後に忍び寄っていた構成員がその場に倒れた。
顔を離し、弾が脳天に命中しているのを確認すると、雲雀はにやりと笑った。


「なんだ、できるじゃない」
「本当にこれ、やめてくれませんか」
「君がそうさせるんだろ」


非難めいた視線を向けるを無視して、雲雀は地に伏して呻いてる男へと目を向けた。


「これはこれで役に立つ。後は頼んだよ」


援軍を迎え討つべく、雲雀はトンファーを構えて通路を走っていってしまった。
拷問かあ、苦手なんだよね…
渋々しゃがみこんで、男を物色する。手始めに荷物検査かな。

ガシッ
ジャケットへと伸ばした手を掴まれ、はっと顔を上げる。
男はすぐさま立ち上がり、のバランスが崩れたところに蹴りを入れた。


「ぅあ…っ」


素早く壁の仕掛を解いて扉を開けると、暗闇へと引きずり込んでいった。






当たり所がよかったのか、男の肉体が頑丈だったのか、完全に不覚を取られた。
隠し通路のように思われるこの空間は照明が薄暗く、男の嫌な笑みがぼんやりと浮かび上がっていた。


「さっきはやってくれたじゃねぇか?」


起き上がろうとしていたの頭を掴まれ、再び床に押さえつけられる。
至近距離まで近付いた男の荒い息が耳元で聞こえ、は身震いした。


「雲雀を殺るのは骨が折れるが、女1人なら容易いよな」


殺るか殺られるか。同情も慈悲もない、そんな世界。
その世界で生きる彼は、自分の身体を痛めつけて多少のリスクと引き換えに、高ランクの任務をこなしてしまう。そう、1人だと無茶ばかりするのだ。

雲雀の言う通り、私にこの仕事は向いてない。
それでも、この私しか彼を守ることができないから。
安全な場所で帰りを待つぐらいなら、私が一緒に闘う。不安要素を排除する。

決して、あの時と同じ目に遇わせたりなんかしない。
だから、


「ここで死ぬわけにはいかない」






沸き上がる援軍をもろともせず、次々と敵の数を減らしてゆく雲雀。
あと数人か、と生きながらえている者を見回した時、数発の乾いた音がしたかと思えば、取り囲んでいた敵が一斉にその場に倒れたのだった。


「興が冷めるからそれ、やめてって言ったよね」

音のした方へ振り向くと、姿が見えなくなっていたが立っていた。


「どこに行ってた」
「生け捕りにした男に、連行されかけました」


でも大丈夫です、と平然と笑む彼女の目は、変に真っ直ぐ雲雀を見据えていた。


「どうやらここには隠し通路があるみたいですね。あの男から色々拝借したので、早く行きましょう」

雲雀を追い抜かして先へ進もうとするの手を捕らえる。彼女は不思議そうに振り返った。


「違うな、本当になのか?」


躊躇なく発砲した彼女のスーツは、赤を全身に浴びたかのように大部分が変色していた。
それでも尚、平然と佇む姿は異常だった。


「何があった?」


自分の知る彼女は、人を手にかけて笑ってられる人間ではない。
だから、自己防衛 能力をつけさせる以外は、できる限りその状況を作らせないよう遠ざけてきた。
なぜ何も言わない?その血はなんだ?


「やだな、私ですよ雲雀さん」

雲雀に睨まれ、居心地悪そうにが苦笑する。


「あなたが言ったのでしょう、殺す覚悟のない部下はいらないって」


どうしたらわかってもらえるかな、と困ったように笑い、背伸びをして唇を彼へと近付けた。
あと数センチのところで、自身のホルダーから抜き取られた銃を顔面に突きつけられ、体を離す。
雲雀が構えた際、衣服に対して銃が全く汚れていないことに気付き、漠然と彼女は変わってしまったのだと感じた。


「……あははっ、今更ですか?」

雲雀の眉間に皺が寄る。今更?何を言っているんだ。


「酷いなあ…人生を変えてまで側にいる人に銃を向けるなんて、あんまりです」
「話がよくわからないんだけど」
「私、違う平行世界から来たんですよ。あなたを守るために」


思わず、はあ?と口を開ける雲雀を、は可笑しそうに見ていた。


「私の世界ではあなたは死んでしまったんです。私の知らない所で。
無力な私ではあなたを守れない。だから私があなたを守る」

「そんなこと頼んでない。それに、そんな話がありえるのか?」


銃を構えたまま投げかけられる質問に、彼女は諦めたように返答してゆく。


「1人いますよね?パラレルワールドをよく知る人物が」

白蘭。未来を守るために命懸けで闘った人物が頭をよぎり、自然と雲雀の眼光が増した。


「仮にそれが事実だとしよう。この世界のはどうなる?」
「そりゃ、同じ人物が2人もいたらだめでしょう?なので」


消しました。


範疇を越えた内容に、雲雀はただ愕然するしかなかった。
そうであるべき運命をねじ曲げる。そんなタブーが許されるはずがない。


「過去未来、下手したら他の平行世界も書き換えられるかもしれませんね」


生きるはずだった誰かが死に、死ぬはずだった誰かが生きる。
それでも彼女は、いつも通りの微笑をたたえ言うのだ。


「どうします?その銃で死ぬべき自分を殺してみますか?それとも元凶の私を消してみますか?」
「どちらも、あなたにできるわけないですよね」


見透かしたように笑む彼女は、恐らく本物のだ。
果たして彼女は、自分が愛した想い人なのか、それとも世界を狂わす死神なのか。


「早く行きましょう。また逃げられちゃいますよ?きょーやさん」


は、何事もなかったかのようにそう告げた。

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