十年も前に1回読み、ずーっと忘れられない夢小説のリスペクトとして、記憶を頼りに脚色して書きました。 さらっと読んだので全然覚えてなくて、かなり別の話になってると思います。
また読みたいですが、もう見つけられません。








いくら咬み殺しても気が晴れない。
寝静まった街に人影はなく、雲雀は苛立ちながら早足で歩いた。
今夜は瘴気が濃い。街灯にぼんやり照らされ、周囲は白く霞んで見えた。

不意に強い光源が目に入り、立ち止まる。
導かれるように光を求めて暗い路地裏へと入っていった。





───勿忘草







街灯の光も届かぬ狭い通路の先に、個人が経営するような、こじんまりとした店が現れた。
こんな所に雑貨屋のような店があっただろうか。

そういえば、都市伝説のような噂を聞いたことがある。
真夜中、街のどこかに不思議な店が現れるらしい。そこでは望むものが手に入るという──。
そんな馬鹿げた話を思い出しながら、躊躇いもなく引き戸に手を伸ばした。


「いらっしゃいませ」


聞き慣れた懐かしい声に、脳髄を強く揺さぶられた。
どんよりほの暗い店内の奥。
初めて人を愛し、初めて生涯を共にしたいと思えたあの子が、カウンターの先で微笑んでいたのだ。


「どうして君がここにいるんだ…」


ずっとずっと会いたかった。あの時と変わらない姿のままだった。
そうだ、あの子はあんな風に笑う。


…」
「えっと…人違いだと思います…」


困ったように愛想笑いを浮かべる彼女に、かつての記憶がふと蘇った。
屈辱に耐えながら僕の方を見て、微笑んだのがの最期だった。
あの時もぎこちない笑みをしていた。


「記憶を消したい」

ぽつりと口から出た言葉に、彼女は小さく首を傾げて問う。


「どうして?」


もうこの世にいない愛する人が、頭から離れないのだ。あの日からずっと。
いっそのことを忘れてしまえば、この苦痛から解放されるのだろうか。
あの子と過ごした日々も、感情も、全てをなかったことにして。


「こんなことなら、好きになるんじゃなかった」


という存在を全否定する言葉だ。実に残酷な言葉だと思った。
こんなメロドラマのような台詞が口から出てしまう程に、雲雀の心は弱っていた。

彼女は寂しそうな表情で雲雀を見つめていた。
本人とダブって見え、直視できず目を伏せた。


「わかりました」

そう言うと奥の部屋へ消えていき、しばらくして手にした小瓶をことんとカウンターに置いた。


「記憶を消す薬です」

ただ静かに、彼女は言葉を続けた。


「代金は要りません、どうぞ」


無言で小瓶を掴み、栓を抜く。
瓶に色がついてるだけで液体は透明だった。それを体内に流し込む。


「善くなると良いですね」

彼女はどこか悲しそうに微笑んだ。



目が覚めると午後だった。ぼんやりと昨日のことを思い返していた。
霧で覆われた街に、謎の店。に似た彼女。

ばっと起き上がり、思考を巡らす。
いや、覚えてるではないか。記憶なんて消えていない。

荒く引き戸を開け、大切に仕舞ってあるの指輪を見た。
何もかも覚えている。記憶の中であの子は佇んでいた。



夜中、人もまだらな街を、男は苛立ちながら早足で歩く。
暗がりを曲がると路地裏を抜け、雑貨屋のような風貌の店に入っていった。


「いらっしゃいませ」

昨日より明るく感じる店内で、想い人によく似た彼女がカウンターの先で微笑んでいた。


「記憶、消えてないんだけど」

苛立ちを隠さず詰め寄る男を、彼女はきょとんとした顔で見ていた。


「なんのことでしょうか?」
「ふざけないでくれる?昨日のことだよ」
「昨日…?」


女は終始、平然とした様子で受け答えする。まるで、感情的に声を荒げる雲雀を嗜めるかのように。
完全に下に見られている。じわじわと嫌な寒気が足元から上がってくるのを感じた。


「すみませんが、どちら様でしょうか」


しんと静まり返る店内で、僕はただ、その場で立ち尽くした。

昨日の小瓶さえあれば問い詰めることができたが、あれは彼女が片付けていた。
金銭のやり取りもないから領収書もない。
昨日のことはなかったことになる。消されたのだ。



静かになった雲雀に、彼女が笑みを向ける。
そして、抑揚のない声で呟いた。


「どうですか?忘れ去られる気分は」



───花言葉は、私を忘れないで

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