「頼んだやつ、ありがとな」
「そんな、全然」
ボンゴレの通路で山本とばったり会う。
丁度よかったと紙袋を渡され、中身の検討がつく私は、思わず心が踊ってしまった。
「仕事だから気にしなくていいのに」
「ん、違う違う。たまたま美味しそうなのがあったからさ」
甘いの好きだろ?と、こうして差し入れをくれるのだ。
出先で買ってきてくれるのは嬉しいけど毎回申し訳ないというか……まあ、ありがたく頂きますけどね。
「へへ、ありがとう」
にこーと笑うと山本も目を細め、私の頭にポンと手を乗せる。
そして、「じゃあな」と手を振り去って行った。
今日はどんなお菓子だろう。なんて、ちょっとした楽しみになってしまった差し入れを大事に抱え、私も自分の仕事に戻る。
通路の角で何かが動いたことに気付きもせずに。
ボンゴレには各守護者に充てられた執務室がある。雲雀の部屋ももちろんあるが、彼は滅多に使わなかった。
なので週に数回、当の本人から掃除をするように頼まれている。
ボンゴレに寄る時は大抵、仮眠として使うので、綺麗な状態を保ってほしいそうだ。
ゴオーーと音を立てながら掃除機をかける。
そう、私は雲雀さんから部屋のカードキーを託されたのだ。
彼のテリトリーに入ることを許されたのだと、思いたかった。
「だ、だめだっ」
私情を挟むな。気まずくても関わりたくなくても、これは仕事なのだ。
もやもやを払うように頭を振り、スイッチを切る。
耳が痛くなるような静けさが部屋に戻った時、ようやく異常事態に気付いた。
「やあ」
血の気が引いた。
部屋の主がドアに寄りかかって腕組みをして、こちらを睨んでいたのだ。
私、何か怒らせるようなことしたっけ?なんで?
「最近、山本武とよくいるらしいね」
「君は他の男に言い寄られて、なびくような女なのかい」
思ってもみなかった言葉が飛んできて、口を開けたまま思考が停止してしまった。
待って、どこから手をつけたらいいんだろう。
貴方、私をフりましたよね。それは嫉妬なの?というか尻軽女みたいになってるし。
ぐるぐる色んな感情が一気に押し寄せてきて、よくわからなくなってきた。
「あの、まず山本は、私を心配して声をかけてくれてるんです」
「それに、なびいてませんけど…」
「あれは君に好意あっての行動だろ?君だって満更でもなさそうだったね」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
そう、気付いてた。でも知らないフリをしてた。
想いが揺らいだわけでは、ない。
「なら君は、期待させて男を弄ぶような女なのか」
「なっ…弄んでなんか…!てか、雲雀さんに言われなくないのですが!」
雲雀の険しい顔が、ほんの僅かに和らいだ。どういう意味?という顔だった。
「側に置いて期待させといて振り回して……充分、酷いと思います!」
好きな人に必要とされたら、誰だって期待してしまうよ。
震える両手で掃除機を握り締めて、返答を待つ。
言った後になって、ずきんと胸が痛んだ。
袋小路に陥った感覚だった。雲雀にされたことを意図せず山本にもしていたのだ。
隣に立つことを許し、相手を頼り、喜ばせたり悲しませたり振り回していた。
「えっ…」
長く感じた沈黙の後、雲雀がきょとんとした表情になったのが想定外で。思わず手の力が緩んでしまった。
つかつかと雲雀が歩いてくるので、反射で後退る。そうこうして壁際に追い詰められてしまった。
「君に好きだと言われて、僕も考えたんだ」
光源を遮るように立ちはだかる雲雀によって、影が落ちる。
その表情に感情はなく、ただ淡々と世間話をするかのように話し出した。
「君のことは一目置いているし、信頼してる」
「側に置くことは───信頼は、期待させることになるのかい?」
話の方向性がわからず、ぽかんと見上げたまま聞いていた。
「僕はね、色恋に興味ないんだ。好き、がわからないんだよ」
告白を否定されたと。だから落ち込んでいたのか。
そんな呟きも、遠くから聞こえるくらいには頭が処理落ちしてしまった。
「そうだね。君のことは一目置いてるし、気には入ってるよ」
ぐぐっと顔が近付き、顎に手がかかる。
男の親指がなぞるように唇を撫でた。柔らかく変形するそれから目を移し、灰色の瞳が射るように私の目をじっと見つめる。
ぞくぞくする。顔から火が出そうだ。
「この感情は、好き、になるのかな」
ぱっと離れ、そのまま出ていってしまった。
残された私はへなへなと壁に寄りかかり、しばらく放心するはめになった。
ほら、貴方だって期待させてるじゃない。