私の恋は、終わってなかったのかもしれない。

あの一件以来、彼への認識が変わった。そもそも恋愛という概念がなかったらしい。
まだ期待してても、いいのかもしれない。
すぐには無理でも、いつかは………。

唇を弄ぶ指の感触と、向けられた熱い視線を思い出しては一人で悶える。


「最近、ご機嫌だな」


パソコン作業に勤しむ私の肩から、画面を覗き込むようにして山本が現れた。
やばい、つい頬が緩んでしまっていたようだ。
気を引き締め直して、頼まれていたデータが入ったUSBを渡した。


「いつもありがとな」


よく幹部クラスの人間が出入りするフロアなので、守護者と親密にしていても周りからはお咎めがない。
特に今は昼休憩なので、人もまばらだった。
山本はデスク上に置かれた食べかけのパンを見て、その隣に差し入れの飴をいくつか落とした。


「そうそう、今週なんだけどさ」
「そのことなんだけど、静かな所に行きたい。…海とか」


何かを察したのか、山本は声のトーンを抑えて言った。


「海か。いいね、行こうぜ」


そして、ぽんぽんと私の頭を撫でて去っていった。
これ以上、罪悪感が大きくならない内に、言わなければならない。




ここはいつ来ても殺風景な部屋だ。
雲雀の執務室を掃除しながら、最低限の物しかない部屋を見回した。
使用感がないから、主の匂いも染み付いてない。

一通り綺麗にし、いつも彼が寝ているソファーに腰かける。
背もたれに寄りかかり、なんとなく彼の存在を感じながら、ぼんやりと時を過ごしていた。


バンッ


荒々しく扉が開かれ、びくりと肩が跳ねる。
私を見ると雲雀は明らかに不機嫌を顔に出した。


「出ていって」


怒りを抑えながら、静かにそう告げる。
任務帰りなのか、こんなに気が立っている雲雀は初めてで。
私は掠れた声で答え、慌てて立ち上った。

いそいそと荷物をまとめながら、ちらりと雲雀の様子を伺う。
彼は机上のノートパソコンを開いて、すぐに起動しない画面を睨み付けていた。
手の甲から鮮血が滴るのを、見てしまった。


「雲雀さん、血が……!」


思わず駆け寄り、手を伸ばす。


「寄るな」


振り払われた手がじわりと痛む。拒絶された。
突然の出来事に唖然としたままの私に、雲雀が大股で距離を詰める。

眼光は動かない獲物をしっかり捕らえ、血に濡れた男の手が、無防備な首へと伸びる。
指先が触れる直前、ぴたりと止まった。
はっと我に返り、雲雀はばつが悪そうに顔を背けた。


「悪かった」


それは明らかな殺意だった。
好きな人の手が、私を殺めようとしていた。

震える声で軽率な行動を詫び、急いで部屋から出た。
扉に寄りかかり、すくんで動かない足を見下ろす。
向けられた殺意が頭から離れない。怖いと、思ってしまった。

彼に気に入られても、私じゃ彼の怒りを鎮める存在にはなれない。
貴方は孤高で、遠すぎる。


ガン!!


部屋から物を蹴りつけるような音がして、心臓が一瞬止まる。
どっか行け、と言われているような気がした。
弾かれるようにその場を離れ、宛もなく通路を歩く。

しんどいな。

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