「しばらくは安静にしないとね」
着流しを着た彼は、ベットの近くに椅子を置き、優雅に座りながらそう告げた。
スーツを着てた時は、硬派で凛々しい印象だったが、着流し特有の曲線も相まって、気品というか男の色気?が溢れ出ている。
あまりの美しさに直視できず、ずっと自分の手元ばかり見ていた。
「どうしたの、具合悪い?」
「ひゃっ!」
男の節ばった大きな手が、額に触れる。
顔に熱が集まっていくのが自分でもわかる。「大丈夫です!」と元気に答えると、彼は小さく笑った。
「そろそろ食事にしようか」
そう言うや否や、食欲をそそる香ばしい匂いが鼻をかすめた。
いつの間にか、備え付けのテーブルに二人分の食事が置かれていたのだ。
「えっ!なんで!?」
「そんな驚くことでもないよ」
きょろきょろと辺りを見回すが、この部屋に私と彼以外いないし、目につく変化もなかった。
「うちの使用人は優秀なのさ」
私の反応が面白かったのか、彼が愉快そうに笑いながらナイフを取る。
そういうもの…なのかな?予熱でじゅうじゅうと音を上げているハンバーグを切ると、中からじゅわ〜と肉汁が溢れてとても美味しそうだった。
「雲雀さんの飲み物、それ何ですか?」
「ああ、君は飲まない方がいい。顔をしかめるほど口に合わないらしい」
グラスに入った白濁した液体を口に含み、喉仏が上下する。
一連の動作に見とれていた私に気付き、彼は意地悪そうに目を細めた。
「はどうする?病人だから水にしたけど」
「あ、はい。水でいいです」
結局、何を好んで飲んでいるのか分からず終いだったが、意外と笑う人だということがわかった。
人を寄せ付けないオーラを出しながらも、私に向けられたものは好意そのものだ。
愛おしいものを見るような表情から、私は相当愛されていたのだと知る。
悲しいのは、それを全く覚えていないどころか、私は赤の他人と話している感覚であることだ。
「私、もっと自分のことを知りたいです。…あなたのことも」
「一度に教えすぎても混乱してしまうから、追々ね」
食事が済むと、彼は部屋から出ていってしまった。
あなたは普段どんなことをしていて、私とどう出会って、共に道を歩んできたのだろう。
まだどんより重い頭で、夫だった人を想う。
はっとテーブルに目を向けると、目を離していた隙に空の食器が跡形もなく消えていた。
なんとも不思議な現象に、首を傾げた。