数日経ち、体調はすっかり良くなった。脚はまだじんわり痛むけど、歩行に支障はない。

この部屋はホテルのような内装をしており、トイレ、お風呂、洗面所…と1日を過ごすのに不便はなかった。
ただ、今までほぼ寝たきりの状態だったのだ。外に出たくてたまらない。療養地と言うのだから、きっと周囲は自然豊かな景観に違いない。

ベッドから降りて、ドアノブへと手を伸ばす。
ガチャと金属音がぶつかる音がしただけで、扉が開くことはなかった。
ああ、鍵が掛かってたのか。施錠を外し、再びドアノブを回す。


「開かない…!?」


押しても引いても、扉はびくともしなかった。閉じ込められた…?
そもそも、何故鍵が掛かっていたんだろう。今の今まで、扉にすら触れたことがなかったのに。

つまり…出入りしてた雲雀さんが外から掛けたことになる。何のために?
疑念と恐怖が、もやもやと渦巻く。
きっと何か訳があるんだ。案外、単純な理由かもしれない。


「何してるの?」


今までの奮闘はなんだったのか。
いとも簡単に扉が開き、着流し姿の彼が不思議そうに私を見下ろしていた。


「あっ…外に出てみたくて」
「ダメ。安静にしてろって言ったよね」
「もう足は平気ですから」


ほら!と手をひろげてみせる。彼は少し怒った顔で、上から下まで目を走らせた。


「ずっと寝ていては気が滅入ります」
「はぁ…館内だけだよ」
「やった!」


通路へと歩き出す彼を追う。そっと後ろを盗み見るも、扉の周りに障害物などなく、開かなかった理由が分からなかった。


「鍵を掛けておいて正解だったよ。君はすぐどこか行こうとする」
「えっ、あ…そうなんですか」


訝しく思っていたことを見透かされたようで、ドキッとした。
そうか、彼なりの配慮だったのか。


「以前の私は、どんな人だったんですか」


私の歩くペースに合わせて、彼はゆっくり優雅に歩く。
その隣を歩きながら、記憶を失くす前の、本当の私に思いを馳せる。
彼の口ぶりからして、アクティブだったのかな。


「さあね、今と変わらない気もするけど」
「私は普段、何をしてましたか」
「僕の側にいた。…これからもね」


要領を得ない回答ばかりで、私のイメージ像はぼやけたままだ。
彼はガラス戸を開けると、テラスへと出た。
緑色の木々が辺り一面に広がっていて、風通しも良く、とても気持ちいい。


「綺麗…」


手すりから身を乗り出し、下を覗いてみる。2階造りの別荘みたいな外観だった。


「危ないよ」


手すりとお腹の間に手が差し込まれ、ぐっと引き剥がされる。
背中が彼の胸板にぶつかったと気付いた時には、後ろから抱き締められる形になっていた。
ゆるくお腹にまわされた大きな手と、背中から伝わる体温にドキドキする。


「えっと…ここ、本当に静かですね!もしかして山の中だったり」
「どうだろうね」
「時間になると急に食事が現れるんですが、どんな仕組みなんですか?飲み物も勝手に増えるし…」
「ふっ、タネも仕掛けもある」


相変わらずはぐらかすような返答に違和感を感じる。
なんだろう、なんか…変な感じ。


「もう戻ろう。疲れただろう」
「わっ!?」


突然の浮遊感に慌てて手を伸ばす。彼の首に腕をまわすと、踵を返して歩き出した。所謂、お姫様抱っこってやつだ。


「だ、大丈夫です!歩けますから!」
「いいから黙って」


ぴしゃりと言われ、口をつぐむ。柔和で端正な顔立ちだけど、筋力あるんだな…この人。
着流しに隠された逞しい腕に抱えられていると思うと、途端に鼓動が早まった。きゅっと胸が締め付けられて、苦しい。


「あの…この怪我のこと、聞いてもいいですか」


なんとなく過保護にも思える、態度の数々について。
案の定、彼は僅かに顔をしかめた。


「…話したくない」
「どうして」


険悪になってしまった空気に、今更ながらしまった、と後悔する。
それでも知りたかった。何があったのか。


「君を…失うところだった」


悲痛に歪む顔を見て、言葉を失った。
違う、そんな顔をさせたかったんじゃないの。
首にまわしていた手をゆっくり解き、彼の頬に触れる。


「…ごめんなさい」
「なぜ謝るの」
「……」


無言のまま視線が交わった後、唇が重なった。

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