昨日感じた違和感は何だったのだろう。
左手を天井に向け、薬指にはめられた指輪を擦りながら思案する。
性行為って、あんなに痛かったっけ。下半身に残る異物感。これは、まるで………。
ふと、指輪の裏のデザインが気になり、外してみようと手にかけた時、
「ねぇ」
隣で静かに寝息を立てていた彼から声がした。
朝日が眩しいのか布団に潜って、頭から目元までを出してこちらをみていた。
「あっ、起きてたんですね。おはようございます…」
「おはよう」
彼の方へ顔を向けると、もぞもぞと動いてぎゅうと抱きしめられた。そして、甘えるようにすり寄ってきたので、あまりの可愛さに母性が爆発した。
「そういえば、いつまでここにいるんですか?仕事とか大丈夫ですか?」
「ああ、スケジュールをあけたからね。しばらくここにいるよ」
「へえ、何の仕事してるんですか」
「秘密」
また、はぐらかされた気がしてムッとする。
「私達ってどうやって会ったんですか」
「うるさいな」
なっ…理不尽に怒られた…!
寝る体制に入った彼の腕をほどいてベッドから抜け出す。
「…雲雀さん、何も教えてくれませんね」
床に散らばってる服を拾って、顔を洗うために洗面所へ向かう。そこで鏡を見て絶句した。
首にぽつぽつと赤い跡が残っていたのだ。昨日の情事を思い出してしまい、かっと顔が熱くなる。
この位置、服で隠れない…。しばらくここにいるみたいだし、誰にも見られなくてよかった。
服を着てベッドの端に戻ると、抱き枕がいなくなって不服なのか、布団から頭だけを出して彼が恨めしそうにこちらを見ていた。
「私、怖いんですよ。懐かしい思い出も悲しい思い出も何もなくて、知らない世界に放り出されたみたいで…」
沈んでゆく声。俯いて、ぎゅっと両手を握りしめた。
「過去ばかり目を向けていても仕方ないと思うけど」
「でも、君がそこまで思いつめてるのなら、いいよ教えてあげる」
のそりと上体を起こし、1つ欠伸をする。…って、
「ひ、雲雀さん!服!置いといたので着てください!」
「今更、恥ずかしがるようなことでもないだろ」
「着てくださいっ!」
これから真面目な話をするのに、全裸だなんて…!
背を向けると、布擦れの音が響く。いいよ、と声を掛けられ、ベッドの枕元へと移動した。
「君は普通の一般庶民だった。僕の仕事は君が言うに、酷い事をしてるらしい。だから教えない」
ぽつりぽつりと語られていく過去に、耳を傾ける。ただ黙って彼の声を聞いていた。
「僕に全然気付いてくれないし、苦労したよ。君とは町で偶然会った」
「逆に聞くけど」
スッと目が細められ、何が来るのかと身構える。
「君は僕のこと、どう思ってるの。好き?」
「えっ」
好き、だと思う。こくりと頷くと、彼は私の左手を取り、指輪を引き抜いてしまった。
「これがなくても好きだった?」
…わからない。目が覚めて、初めに見た指輪。
これによって夫婦という刷り込みがあったのは、否定できない。
改めて問われると、自信がなくなってしまう。
「きっと…好きになってたと思います」
「本当に?」
「…はい」
「絶対だね?」含みのある低い声が、静まり返った部屋に響いた。
ごくりと固唾を飲み、はいと答える。
彼はふっと微笑むと、再び指輪をはめてくれた。
「それはよかった」