「やあ」
スーツを着た男が笑みを浮かべ、行く手を遮るように立ちはだかった。
怪訝な顔をして荷物を持ち直す。
「こんにちは」
買い物の途中なので、と会釈して歩き出すも、男はまるで連れ人のような顔で隣を着いてきた。
「何か用ですか」
「別に何も」
なら、なんでこうも私に突っかかってくるんだ…。
突然現れては、こうして話しかけてくるこの人は、ヒトではない。
かつて村を全滅させた吸血鬼が、何食わぬ顔でヒトに紛れているだなんて、街行く人々は思いもしないだろう。
「どうして君は僕を避けるの」
「あなた、自分がしたことを忘れたんですか?」
「それは過去の話だろう」
いつの頃からか、吸血鬼ヒバリンの話は話題にすら出なくなり、徐々に忘れ去られていった。
彼自身も目立った行動はせず、長い歳月が経った。
現在、こうして髪を短くし、ヒトのような格好をして街に溶け込んでいた。
どんな心境の変化か。彼も成長したものだ。
「失った信頼は、簡単には戻らないってことです」
「過去ばかり見てないで、今を見たらどうだい?」
う…っと言葉に詰まる。図星だった。
だって、あんなに自由奔放で気分で人を殺すような人物が、こんなに落ち着いてかっこよくなる!?
一緒にお茶しましょ♪なんて、すぐに気持ちの切り替えはできない。
「っ!」
不意に肩を抱かれ、強く引き寄せられた。
彼の胸板に頬をぶつけ驚いていると、すぐ横を自転車が通っていった。
「この街も随分変わったね」
危ないと冷ややかな目で後ろを見ている彼から、慌てて離れる。
「ありがとうございます…」
食料品店の看板が目に入り、ぱたぱたと逃げるように入口へ向かった。
「まだ買う物があるので!…では!」
苦し紛れに店内に入る。彼は閉まるドアを見ているだけで、着いてくることはなかった。
赤くなった顔、見られてないといいんだけど。
この街も変わった。彼の言葉通り、平穏な村は街へと栄えた。
しかし、それは一部だけで、少し離れれば園田が広がる田舎景色になる。
荷物を抱え、日が沈みつつある薄暗い砂利道を歩いていた。
「………」
見てしまった。視界に入った黒い物体に、体が硬直する。
樹木の後ろから、こちらを微動だにせず見ているアレは───関わってはいけないものだ。
息を殺して、ゆっくりと後退る。
どうか、気付かれていませんように…。
そんな願いも虚しく、黒い物体はのそりと木の影から現れ、こちらに歩いてくる。私は早足で来た道を戻った。
「ツナに……ツナの所に行けば…!」
彼なら、なんとかしてくれるはず。
先を急ぐ足のスピードが落ちてゆき、希望が絶望へと変わる。
道の真ん中にぼんやりと黒い影が佇んでいて、私を手招きしていたのだ。
考える余地もなく、道を逸れて茂みの中に入った。
乱雑に飛び出す幹によって、腕や脚に小さな切り傷ができる。そんなこと構ってる余裕もない。
得体のしれない恐怖が後ろに迫っている。
「ど、どうしよう…」
ひらけた空間に出たものの、周囲は木ばかりで方向もわからなくなってしまった。
いよいよ日が落ち、影が暗闇に紛れる。怖い…!
ぐしゃ
何かが倒れる音と共に、革靴の音が1つ。
暗闇の中で彼の顔がぼんやりと見えた。
「大丈夫?」
「は、はい…」
「怪我をしているね、血の匂いがする」
腕の傷に気付き、彼が手を伸ばそうとする。
しかし何か気配を感じたのか、トンファーを構え直すと空を殴り飛ばしてしまった。
「はぁ…君も変なものに目をつけられたね」
振り向いた雲雀さんの瞳が大きく開かれる。
突然のことに声が出なかった。
何かに引っ張られ、体がぐらりと後ろに傾いたのだ。
「──!」
焦った顔で腕を伸ばす雲雀さん。この距離じゃ届きもしないのは明白だった。
数秒遅れてやってきた衝撃は、脳髄を強く揺さぶった。
凸凹した岩肌を背中に感じたのを最後に、視界が途絶えた。
「!!!」
飛び起きると、真面目な顔で雲雀さんが椅子に座っていた。
全てを思い出した。