嫌い
客のいない閑散とした店内のカウンター席で、ふてくされながら突っ伏していた女が顔を上げた。
「もう閉店ですよ」
男は、ほんのりと酔いが回っている様子の恋人を見下ろした。
「遅くなって悪かったね」
「そうですね」
これで何度目だ。
早く終わりそうだから、二人で夕食に出掛けようと約束したのに。雰囲気の良い素敵なお店だって予約したのに。どの服着ようかってすごく悩んだのに。お化粧だって頑張ったのに。
こう何度も約束を破られると、悲しくなるよ。
「…お仕事たいへんなのは知ってます」
「うん」
「仕方ないってわかってます」
「うん」
ぽつりぽつりと零していく心にしまっていた気持ちを、雲雀は静かに聞いていた。
相変わらず慄然と立ってはいるが、少なからず罪悪感を覚えているようだった。
彼の負担にはなりたくない。彼を困らせたくない。…けれど。
それでも、楽しみにしては裏切られ続けてきた心はすり減っていて。毎回デートの約束をしては舞い上がってた自分が、馬鹿みたいに思えちゃって。
「…雲雀さんのこと、嫌いになっちゃいそう」
しんと静まり返る店内。閉店作業していたマスターも、背を向けて音を立てないように手元だけを動かしていた。
「この後、時間ある?」
「ありますけど…」
アルコールでぼんやりする頭を持ち上げて彼を見ると、携帯を取り出してどこかに連絡を取っていた。
「次行くよ」
「私もうお腹いっぱいですよ」
「僕は夕食がまだなんだ」
腕を掴まれ、無理矢理に立たされる。雲雀はカウンターに現金を置くと、恋人を引っ張って歩き出した。ふらふらと覚束ない足取りで雲雀の背中を追う。
「ちゃんと歩いて」
「スイーツで有名な店だって」
甘い誘惑に負けて、思わずテンションが上がってしまう。
「仕方ないですね、付き合ってあげますよ」
お座敷の個室に並べられた料理を食べている彼の肩にもたれ掛かり、うつらうつらと眠気に揺られていた。
邪魔だろうに、私を退かそうともせず雲雀さんは黙々と箸を運んでいた。
ずるりと体勢が崩れそうになったところを、大きな手が肩を捕らえ、胸元に引き寄せてくれた。ふわりと彼の匂いがして、頬をすり寄せる。
「すごくおいしかったです」
単品で頼んだスイーツは美味しかった。けれど、もう夜も遅く、酔いの回っている私は限界が近かった。甘いものと大好きな人の体温も相まって、意識がふわふわしてる。
「ひばりさん、さっきはごめんなさい」
スイーツで絆されるなんて単純な女だと思われたかな。大きな手が頭を撫ぜる。
「僕のこと嫌い?」
「…大好き」
こうやって埋め合わせしてくれるから。突き放さないで側にいてくれるから。
嫌いになるわけないよ。